【レポート】〜ブリッジを超える未来〜【Mycel×ICP】が実現する真のクロスチェーン相互運用性<Account Transfer Protocol (ATP)>
- Sho T
- 6月26日
- 読了時間: 11分
更新日:6月27日

概要
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2025年6月19日、ICP Japanは、暗号資産・ブロックチェーン業界で大きな注目を集めている Mycel プロジェクトとライブイベントを開催しました。Mycelが開発した ATP(Account Transfer Protocol) Ver.1 の公開を記念したこのイベントでは、共同創業者の yosui氏 が登壇し、革新的なクロスチェーン技術について詳細に解説しました。
Mycel設立背景
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yosui氏は前職で日本円ステーブルコインを手がけるJPYCのCOOを務めており、その際、JPYCでは複数のブロックチェーンに対応したステーブルコインの運営を行っており、この時期にクロスチェーン技術の課題を身をもって体験していました。
「当時はちょうどサイドチェーンが登場し、Layer2が出始めた時期でした。複数のブロックチェーンを扱う中で、クロスチェーンのユーザー体験があまりにも悪いということを痛感していました」とyosui氏は振り返ります。特にスワップやブリッジといった操作の使いにくさは、一般ユーザーがブロックチェーン技術を活用する上での大きな障壁となっていました。

クロスチェーン技術の現状と問題意識
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yosui氏は現在のクロスチェーン技術の問題点として次のことを挙げました。
既存メッセージングプロトコルの限界
既存のメッセージングプロトコルは基本的に「バーン・ミント」という方式を採用しており、この方式では、元のチェーンでトークンをバーン(焼却)し、目的のチェーンで同等のトークンをミント(発行)することで資産移転を実現します。
この方式には深刻なスケーラビリティの問題があります。「例えば100個のブロックチェーンがあり、それぞれに100個のトークンが存在する場合、各ブロックチェーン上にスマートコントラクトをデプロイしなければならない」とyosui氏は指摘しました。これにより、チェーン数(X軸)とコントラクト維持コスト(Y軸)が線形に増加し、管理すべきコントラクト数が爆発的に増大してしまうのです。
流動性断片化の深刻化
さらに深刻なのは流動性の断片化。Layer2の普及やさまざまなDEX(分散型取引所)の登場により、本来は同じ価値を持つべき資産が、異なるチェーン上で異なる価格で取引されており、これにより、市場効率性が大幅に損なわれています。
yosui氏は「統一したような規格で、全然違うアプローチで、もっと良い流動性の断片化解決策が必要」と強調しました。初めてブロックチェーンに触れる人でも、すぐに自分が行きたいブロックチェーンに移動でき、触りたいトークンにすぐアクセスできる世界を実現するには、従来のブリッジ技術では限界があるという認識だった。
セキュリティリスクの集中
既存のブリッジプロトコルには、セキュリティ面でも重大な欠陥があります。大量のアセットが一箇所のプールに集中するため、そこが攻撃者の格好のターゲットとなってしまうのです。実際、過去数年間でブリッジプロトコルから100億円規模の資金流出事件が複数回発生しています。
これは構造的な問題であり、従来のブリッジ方式では根本的な解決が困難な課題となっている。
トランスファーラブルアカウント(TA)の革新性
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発想の転換:「不動産売買」のアナロジー
Mycelが提案する「トランスファーラブルアカウント(TA)」のコンセプトを理解するために、yosui氏は分かりやすいアナロジーを用いて説明しました。
「例えば、ヨーロッパでは家具付きの不動産売買が一般的です。家具が欲しい時に、家具を一つずつ運び出すのではなく、家ごと買えば家具もついてくる。家具がトークンで、家がアカウントだとすると、家は直接100km動かすことはできませんが、所有権の移転は可能です」
この発想の転換が、ATP(Account Transfer Protocol)の核心となっています。従来の「トークンを交換する」のではなく、「アカウント(TA)を交換する」ことで、クロスチェーン取引の複雑さを根本的に解決しようという試みです。
技術的実装:ICPキャニスターの活用
TAの技術的実装には、ICPのキャニスター(Canister)が重要な役割を果たします。キャニスターがアカウントのオーナーシップを管理し、2-of-2のマルチシグ方式で所有権の移転を制御します。
具体的なメカニズムでは、実際に送金する人とキャニスター、両方の合意がなければアカウントの所有権移転が実行されない。特定の条件が満たされた場合のみ、キャニスターが自動的に所有権移転を実行する仕組みになっています。
「これにより、従来のブリッジのような中央集権的なプールを必要とせず、個別のアカウント単位でのセキュアな取引が実現できます」とyosui氏は技術的優位性を説明した。
実際の取引フロー
TAを使った実際の取引フローは以下のようになります:
ステップ1:
TAの発行とデポジット
送信者がICPのキャニスターを使ってトランスファーラブルアカウントを発行する。これは例えばEVMの「0x...」のようなコントラクトアドレスとなる。送信者は一旦、交換したい資産(例:イーサリアム)をこのTAにデポジットする。
ステップ2:
相手側の送金
受信者は、自分のビットコインを送信者のビットコインアドレスに送金する。これは通常のビットコインネットワーク上での送金と変わらない。
ステップ3:
自動検証
ICPのキャニスターが、RPCエンドポイントや各種ネットワーク情報を通じて、受信者から送信者へのビットコイン送金が実際に行われたことを自動的に検証する。
ステップ4:
所有権移転
ステップ3の送金が確認されると、ステップ1で送信者がデポジットしたイーサリアムを含むTAの所有権が、自動的に受信者に移転される。
ステップ5:
資産回収
受信者は自分のメインアカウントにイーサリアムを引き出し、送信者は受け取ったビットコインを自由に使用できる。
これにより、例として以下のようなユースケースが可能になります。
超低コストクロスチェーンスワップ
複数アセット同時交換
ノンカストディアル取引所
真のクロスチェーンレンディング
機関投資家向けOTC取引
独自価格決定システム
高頻度取引システム
自律分散組織(DAO)の資産管理
新しい決済インフラ
+
上記に加え、
vetkeysやzkを組み合わせたでプライベート取引
RWA(現実世界資産)を含めた取引
ATP技術アーキテクチャの詳細
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暗号技術の選定理由
ATPの技術アーキテクチャの根幹は、異なるブロックチェーンで使用される暗号署名方式への対応にあります。これは、ICPのChain Fusionを使っています。(現在のブロックチェーンエコシステムは大きく分けて主に2つの暗号署名方式に分かれている)
ECDSA(楕円曲線デジタル署名アルゴリズム):
イーサリアム、ビットコインなどで使用
EDDSA(エドワーズ曲線デジタル署名アルゴリズム):
ソラナ、スイなどで使用
その他、対応署名は こちら を参照
ICPを選択した技術的理由
MycelがICPを選択した経緯としては、当初からICPありきではなく、やりたいことを実現するための技術を総当たりで検証した結果、ICPに行き当たったとのことでした。
「正直、最初からICP上で何か作ろうという気持ちは特にありませんでした」とyosui氏は率直に語る。「しかし、ECDSAとEDDSAの鍵生成ライブラリが最も充実していたのがICPだった」というのが決定的な要因でした。
共同創業者のCTOとの検討でも「ICPしかなくない?」という結論に達し、技術ドリブンな選択としてICPが選ばれました。特にICPのチェーンフュージョン機能は、複数のブロックチェーンを統合的に扱うという、まさにMycelが必要としていた機能でした。
チェーンフュージョン(ChainFusion)機能の活用
ICPのチェーンフュージョン機能により、一つのキャニスターから複数のブロックチェーンのアドレスを管理できます。これにより、ビットコインアドレス、イーサリアムアドレス、ソラナアドレスなどを統合的に扱うことが可能になります。
「キャニスターが認識しているアカウントには、複数のアドレスが紐づいており、そのアセットを使って交換することができます」とyosui氏は技術的詳細を説明しました。これはMPC(Multi-Party Computation)のような仕組みで、一つのアカウントエンティティが複数チェーンのアドレスを管理する形になっています。
複数アセット同時交換の可能性
TAのアーキテクチャでは、理論的には複数チェーンの複数アセットを同時に交換することも可能となります。
例えば、片方のユーザーが3つのTA(それぞれ異なるチェーンのアセットを含む)を用意し、相手方が4つのTAを用意して交換するといった複雑な取引も実現できます。
「アプリケーション側で、オラクル/分散オラクルのプライスフィードを使ってUSDベースで価値計算すれば、自分の持っているアセット全部の1000ドル分をこのトークンに変えたい、といったことも可能になります」とyosui氏は将来的な可能性を示しました。

セキュリティとリスク管理
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ICPセキュリティへの依存関係
TAシステムの重要な特徴として、ICPのセキュリティに依存している点があります。これについて、yosui氏は透明性を持って説明しました。
「TAの状態管理はICPキャニスターのセキュリティに依存しています。そのため、ICPを使ったATPで何らかのオーダーブックやDEXを作った場合、ICPのセキュリティレベルがシステム全体のセキュリティを決定します」
取引規模別のセキュリティ戦略
Mycelでは取引規模に応じたセキュリティ戦略を検討しています:
小額取引(1,000-10,000ドル程度):ICPのセキュリティレベルで十分対応可能
中額取引(数万-数十万ドル):現在のICPセキュリティで対応、リスク監視を強化
大額取引(OTCレベル、数億円以上):追加のセキュリティ要件を検討
「例えばOTCプロトコルで1回に100億円が動く可能性があるなら、それなりのセキュリティ要件を設定しなければなりません。逆に1回あたり1万ドル程度の取引なら、ICPのセキュリティに依存しても問題ないと考えています」とyosui氏は実用的な観点を示しました。
Intent(意図)とAnomaプロジェクトとの関係
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現在のIntentの限界
ATPの理解を深めるため、yosui氏は現在話題のIntent(意図)ベースの取引について詳しく解説しました。現在「Intent」と呼ばれているもののほとんどは、実は非常に限定的な用途に特化されているとのことです。
「例えばUniswapXやOnchFusionなどは、AMM(Automated Market Maker)を前提としたIntentです。AMMのルートは存在するけれど、より良い価格を提供できる人は入札してください、というような仕組みです」
しかし、これはAMMを前提として考えられたIntentであり、DEXの中のさらに狭い領域でのIntentでしかない。「すごくスペシフィックで、用途が非常に限定的なもの」だとyosui氏は指摘する。
真のIntentの概念
yosui氏とMycelチームが考える真のIntentは、もっと抽象的で包括的な概念となります。「全ての取引は、誰かが意図を持って、その意図を解決する人(ソルバー)がいる、という構造に置き換えられます」
これは金融取引だけでなく、ソーシャルメディアへの投稿なども含む、あらゆるトランザクションに適用可能な概念とのこと。「あらゆる取引において、片側しかいない状態を表現できるようになります」

Anomaプロジェクトとの技術的関係
Anomaは、このような汎用的なIntentを実現するためのステートマシンとして位置づけられている。イーサリアムなどの既存ブロックチェーンでは、トランザクションの状態が「未実行」「実行中」「完了」の3つしかない。
しかし取引の現実を考えると、「買いたい人がまず先にいる」「売りたい人が先にいる」という片方だけが存在する状態が必ず発生する。既存のブロックチェーンではこの状態を適切に管理できないため、AMM(流動性プロバイダーが常に存在する仕組み)が主流になっていました。
「普通に考えて、AMMよりもオーダーブックの方が資本効率は良いはずです。流動性プロバイダーはインパーマネントロスのリスクがあり、資本がロックされるため、必ずしも効率的とは言えません」
Anomaを使うことで、「片側しかオーダーがない状態」を適切に管理でき、より資本効率の良い取引システムを構築できる可能性があります。
今後のロードマップとコミュニティ戦略
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オープンソース開発の哲学
Mycelの特徴的な点は、その開発哲学にあります。yosui氏は「サービス提供者」としてではなく、「共同開発者」として業界に関わりたいという強い意志を示しました。
「僕はMycelを自分がサービスを提供しているという感覚ではあまりありません。このコンセプトに共感してもらって、一緒に何か作りませんか、となって一緒に作るのがすごく楽しいだろうなと思っています」
vetkeys Grant の詳細
Mycelが展開するGrantプログラムの第一弾が「vetkeys Grant」です。これは6月27日のICPのvetkeysメインネット稼働に合わせて開始される予定で、プライバシー機能の実装を目的としています。
Grantはこちら → https://www.mycel.land/grants
技術的背景:現在のATPでは、取引当事者の情報が全て分かってしまう。「○○さんがこのアドレスでこのオーダーを投げた」といった情報が公開される状態になっています。
プライバシーニーズ:「自分と友達の取引で、1000ドル貸すよ、といった情報を残したくない場合もある」という現実的なニーズに対応する必要があります。
技術ソリューション:ZK(Zero-Knowledge)技術を使ってATPのオーダー情報を匿名化し、当事者間でのみ取引情報を共有できる機能の開発を支援する。
Grant展開の戦略
Grantプログラムの背景には、明確な戦略がある。「基本的にMycelの中に人を採用するというよりも、こういうのを作りたい人がいて、それに対してGrantを出すという形にしたい」とyosui氏は説明しました。
できるだけ自然で有機的な形でのコミュニティ成長を目指しており、「オープンソース開発のような感覚」を重視しているとのこと。Grantは今後も拡大予定で、様々な用途での活用提案を積極的に受け付けています。
総括:長期的インパクト・パラダイムシフト
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パラダイムシフトの可能性
MycelのATPは、単なる技術改良を超えた根本的なパラダイムシフトを提示しています。「トークンを移動させる」から「アカウント所有権を交換する」への発想転換は、ブロックチェーン業界の基本的な前提を問い直すものです。
この変化が実現した場合、現在のDeFiエコシステム全体が再構築される可能性がある。流動性の断片化、高い取引コスト、セキュリティリスクといった業界の根本的課題が、技術的に解決される道筋が見えてきています。
動画はこちら
ICP Japan
X: https://x.com/icphub_JP

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