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【詳細レポート】ソブリンAI/ソブリンクラウドについて [web3×AI]

執筆者の写真: Sho TSho T

背景/概要

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今「web3×AI」の観点からも注目されるテーマ『ソブリンAI(主権AI)/ソブリンクラウド(主権クラウド)』をテーマとした座談会/勉強会を開催しました。



目次



1. データ主権(ソブリン)の概念と国家戦略としての重要性

データ主権(Sovereign/ソブリン)は、元来は国家が他国からの干渉を受けずに自国内で統治する権利を意味する「主権」の概念を、デジタル時代のデータに適用したものです。現代では国家だけでなく、企業や個人のレベルでも「データに対する主権」が重要視されています。


AI時代において、データの集中が急速に進んでいます。特にNVIDIAやOpenAIなどの大手テック企業がデータセンター投資を加速させ、アメリカにデータが集中する状況が生まれています。例えば、ソフトバンクが最近OpenAIに大規模な投資を行い、アメリカにデータセンターを建設する「スターゲートプロジェクト」も進行中です。


このような状況において、NVIDIAの戦略資料によれば、自国の文化・歴史・IoTデータなどが他国のクラウドに集中することで、多様性が失われ、AIエージェントの活用によって実質的に「データの領土」を奪われる懸念があります。実際にChatGPTなどのAIサービスでは、データの集中によって回答が平準化される傾向がすでに見られます。

世界各国の動向としては、EUがGDPR(一般データ保護規則)を施行し、データの域外移転を制限するなどの規制を実施しています。


データ主権の確保は、今後のAI発展において国家戦略上の重要課題となっており、国家間のパワーバランスにも影響を与える可能性があります。NVIDIAも含む大手テック企業もこの重要性を強く認識しているという意見がイベントでは示されました。

(なお、データ主権の議論は国家だけでなく、企業や個人でも重要です)



2. Internet Computer Protocol (ICP) の技術詳細と構造

Internet Computer Protocol (ICP)は、ブロックチェーン技術を応用した分散型クラウドコンピューティングプラットフォームです。従来のクラウドサービス(AWS、Azureなど)が特定の企業によって中央集権的に運営されているのに対し、ICPは世界中に分散したデータセンターのリソースを活用する分散型の仕組みを提供します。


ICPの構造は4層から成り立っています:

  1. データセンター層:世界中に数百のデータセンターが存在 ※2025/2/26現在

  2. ノード層:各データセンターに設置された数千のノード(サーバー)※2025/2/26現在

  3. サブネット層:ノードを論理的にグループ化した(必要に応じて増減する)サブネット

  4. スマートコントラクト層:アプリケーションが動作する最上位層


利用者がアプリケーションをデプロイすると、そのデータは世界中のデータセンターに分散して保管されます。通常のクラウドサービスではAWSなどと契約する必要がありますが、ICPでは単にデプロイするだけで、自動的に適切なリソースが割り当てられる仕組みになっています。


データセンターは現在世界中に数百あり、ノードは数千存在しています。将来的にはさらに多くのノードが展開される見込みです。

重要な特徴として、ユーザーの秘密鍵やデータは単一のサーバーではなく、複数のノードに分散して保管される点があります。これにより、特定の企業や国がデータを管理・監視することができなくなり、真の意味でのデータ主権が実現します。



3. 分散クラウドとブロックチェーンの違いと補完関係

従来のブロックチェーン技術とICPのような分散クラウドには重要な違いがあります。この違いを理解することが、データ主権を実現する上で重要です。

従来のブロックチェーンプロジェクト(イーサリアムなど)では、トランザクション(取引)データを記録する部分はブロックチェーンで分散化されていますが、ユーザーインターフェースやバックエンドシステムなどは通常、AWSなどの中央集権的なクラウドサービス上に構築されています。つまり、データの記録は分散化されていても、その周辺のインフラは依然として中央集権的な構造に依存しているという課題があります。


これに対しICPは、クラウドインフラ自体を分散化することで、アプリケーション全体を分散環境で動作させることを可能にします。イベントでは、ブロックチェーンとクラウドの分散化を組み合わせたアプローチであると説明されました。これにより、真の意味での分散アプリケーションの実現が可能になります。



4. 自己主権型アイデンティティ(SSI)の仕組みと技術実装

自己主権型アイデンティティ(Self-Sovereign Identity, SSI)は、個人が自分のデジタルアイデンティティを完全に管理できる仕組みです。従来は各サービスごとにIDとパスワードが必要でしたが、SSIでは個人が自分のデータを保有し、必要に応じて特定の情報だけを選択的に開示できます。


現状では各サービスごとに別々のIDが振られ、ユーザーはベンダーごとに異なる認証情報を管理する必要がありますが、SSIによってユーザー自身がデータを保有・管理する形に変わることが説明されました。


技術的な実装として、ICPの分散環境上に自分のIDを作成し、そこに様々なサービスやデータを紐づけることができます。認証には指紋認証や顔認証などの生体認証を利用し、個人の端末と生体情報の組み合わせによってアイデンティティを確立します。重要な点として、秘密鍵は個人が管理するのではなく、分散環境(と端末)に安全に保管されます。


近い将来に予定されている実証実装では、VCs(Verifiable Credentials、検証可能な資格情報)という技術を使用して、マイナンバーのような個人情報や各種証明書を安全に管理・共有することが可能になります。


ブロックチェーンは基本的にオープンな環境のため、通信内容が公開されてしまうという問題がありましたが、vetkeysという技術を使うことでオープンな環境でも通信を暗号化できる仕組みが実現されます。

これにより、入口からパスワードレスで秘密鍵管理される環境が実現し、様々なサービスやブロックチェーンを横断して利用できる統合的なアイデンティティシステムが構築されます。



5. データ主権に基づく新しいビジネスモデルとその具体例

データ主権の確立により、従来とは異なる新しいビジネスモデルが可能になります。特に、個人が自分のデータの価値を認識し、条件付きでデータを提供・販売する仕組みが注目されています。


具体例として、製薬会社に匿名化された自分の睡眠パターンデータを一定期間、月額料金で貸し出すといったことが個人単位で可能になります。これは、自分の電気を電気会社に販売するような感覚で、個人がデータの価値を主体的に活用できるモデルです。

企業側にとっても、全てのユーザーデータを保管・管理する必要がなくなり、セキュリティリスクやコストを削減できるメリットがあります。企業による個人情報管理の負担が軽減され、情報漏洩リスクの低減にもつながるという理想的な状況も視野に入ります。


ただし、完全にデータ管理を放棄するわけではなく、例えば医療情報のようにかかりつけ医が完全な医療情報を入手する必要があるケースでは、個人の承諾を得て情報共有された個人情報は当然利用側が管理するという柔軟な対応も可能です。

さらに、あるサービスで生成されたデータが別のサービスでもビジネス価値を持つという相互運用性の高まりも期待されます。データ主権を持つ人々が自らの判断で情報開示の範囲や方法を決定できる選択肢が広がります。


このような複雑なデータ管理は、AIエージェントを活用することで効率化され、ユーザーは基本的なポリシーだけを設定し、細かい実装はAIに任せるようになると予想されています。



6. 地域特化型クラウドと国家レベルのデータ主権

ICPの技術を応用して、特定の地域や国のデータセンターだけを使用する「地域特化型クラウド」の構築も可能です。これにより、国家レベルでのデータ主権を確保することができます。


具体例として「EUサブネット」が挙げられており、EUのGDPR対応として、EU域内のデータセンターのノードのみを使用したサブネットが構築されていることが説明されました。EU内では厳格なデータ保護規制があり、こうした地域特化型のサブネットはまさにデータ主権の実践例といえます。


また、アルゼンチンやバーレーンなど他の国々でも同様の地域特化型クラウド構築の取り組みが進んでいることが紹介されました。


これらの地域特化型クラウドは、ICPの基本的な仕組みであるプロトコルを活用してプライベートなサーバーレスクラウドを構築するという方針に基づいており、Utopiaというソリューションとして提供される予定です。


国家レベルでのデータ主権確保は、個人情報保護だけでなく、文化的・経済的独立性の維持にも寄与し、AI時代において国家の自立性を保つために重要な役割を果たすと考えられています。



7. 実証実験(PoC)の現状と今後の展開予定

データ主権を実現するための技術は、現在PoC(Proof of Concept、概念実証)の段階にあります。近い将来に予定されている実証実験では、様々な技術要素の検証が行われる予定です。


今後、ICPの分散環境上に自分のIDを作成し、マルチチェーンでユニバーサルIDを実現する仕組みの検証等がされていくでしょう。具体的には、様々なブロックチェーンやWeb 2、Web 3の異なるIDを1つのユニバーサルIDに統合することさえ可能になります。


また、VCs(Verifiable Credentials)を活用して、マイナンバーのような個人情報や各種証明書を安全に管理・共有する仕組みや、vetkeysによる安全な通信機能も実装される可能性も考えられます。


展開については、小規模な実証から始めて段階的に拡大していくアプローチが有効と思われます。小さな成功事例を積み上げ、ビジネスとしての可能性が確認できれば一気に普及する可能性もあるとイベントでは言及されました。


時間軸としては当面は限定的な展開が予想される一方、数年後には同様の技術を用いたサービスが普及する可能性も示唆されました。

普及の順序としては、まずエンタープライズや国家レベルでのインフラ整備からスタートし、その上で企業向けのビジネス応用が広がっていくという見通しが示されました。



8. AIエージェントとデータ主権の関係

AI技術の発展に伴い、AIエージェントとデータ主権の関係も重要なテーマとなっています。イベントでは、AIエージェントがデータ主権の仕組みを補完し、複雑なデータ管理を簡素化する可能性が示されました。


将来的には、ユーザーはAIエージェントに多くの判断を委ねるようになり、基本的なポリシーだけを設定し、細かい実装はAIに任せるようになると予想されています。これにより、データ主権に基づく経済圏が急速に拡大する可能性があります。

さらに興味深い点として、AIエージェント自体がデータ主権を持つ可能性についても言及されています。AIエージェントの「個人権」とも言うべき概念が生まれ、AIエージェント自体がデータ主権を持つような世界が今後登場するかもしれないという見解が示されました。

ブロックチェーンの世界では、人間とAIの区別よりも、権限やデータ管理の仕組み自体が重要であり、参加者が人間であるかどうかはそれほど重要視されない可能性挙げられました。



9. 日本における法規制と実装課題

日本でデータ主権関連の技術を実装する際には、法規制や慣行に関する特有の課題があります。イベントでは、特に暗号資産に関連する規制や税制についても議論されました。


法的な課題をクリアすることが難しい面があるものの、トークンを含まないソリューションであれば法的障壁が低くなる可能性が指摘されました。


10. トークン経済とデータ主権の関連性

データ主権の実現においてトークン経済(Token Economy)の役割についても議論されました。ICPなどの分散型システムでは、基本的にトークンが必要な部分と不要な部分があることが説明されています。


システムを稼働させるメカニズムとして、セキュリティやガス代のようなエネルギー消費のために最低限のトークン利用は必要ですが、ビジネスモデル自体は必ずしもトークンに依存する必要はないという考え方が示されました。(トークン経済はビジネスモデルのオプションとして位置づけられており、必須ではないとの見解)


トークンを活用することもできるが、それは選択肢の一つに過ぎないというのがイベントでの共通認識でした。

日本の状況については、トークンが絡むとやや複雑になるため、まずはID認証やデータ管理など基盤技術からの普及が望ましいとの提案がありました。


将来的には日本でもポイントサービスとの統合や、コンビニ決済でのトークン使用など、より身近な形での普及も視野に入りますが、現状ではまだ多くの課題があることも認識されています。



11. 今後の展望:データガバナンスと分散型意思決定

イベントの終盤では、データ主権の先にある課題として、データガバナンスや分散型の意思決定の仕組みについても言及されました。


ガバナンスの問題は最終的に重要な課題となることが予想され、特定の個人や組織に権力が集中することのリスクが指摘されました。例として、影響力のある個人や政治家が良識ある状態では問題がなくても、判断を誤り始めた場合に危険性が増すという懸念が示されました。


現在の統治システム(選挙制度など)について批判的な見方も示され、データ市場や集合知を反映した予測市場のような仕組みを応用した新しいガバナンスの形が必要ではないかという問題提起も上がりました。


究極的には、誰も支配されない形で最適な意思決定を行うガバナンスの仕組みが重要になるという見解が示されましたが、これはより長期的な課題であり、まずはIDやデータ管理などの基盤技術から段階的に発展させていく必要があるとされています。


イーサリアムの提唱者であるヴィタリック・ブテリンも予測市場などの研究を進めているという言及があり、ブロックチェーン業界全体でもガバナンスの問題が重要視されていることがうかがえます。



結論

データ主権(ソブリン)は、AI時代における国家・企業・個人の自立性と多様性を確保するために不可欠な概念となっています。ICPの分散型クラウド技術は、この主権を技術的に実現するための基盤を提供します。


従来のブロックチェーンとは異なり、ICPはクラウドインフラ自体を分散化することで、真の意味での分散環境を補完します。これにより、特定の国や企業によるデータの集中と支配を防ぎ、各主体がデータを自己管理できる環境が整います。


実装においては、小規模な実証から始め、成功事例を積み上げていくアプローチが有効です。日本では法規制や税制の課題がありますが、IDやデータ管理などの基盤技術から普及を進めることで、段階的な発展が可能となります。


AIエージェントの進化とともに、データ管理は複雑化していきますが、AIによる支援で個人でも適切なデータ管理が可能になり、さらには今後AIエージェント自体がデータ主権を持つ可能性も示唆されました。


長期的には、データガバナンスや分散型意思決定の仕組みも重要な課題となり、ブロックチェーン技術を応用した新しい形態の民主的ガバナンスの実現も視野に入ります。

ビジネス展開としては、当面はエンタープライズや国家レベルでのインフラ整備が先行し、その上で企業や個人レベルでの応用が広がっていくと予想されます。今後数年内には、データ主権に基づく様々なビジネスモデルが普及し始める可能性があります。



 

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